平野政吉美術館の設計者の続き。

昨年12月12日にブログで紹介した世界の藤田の絵画をメイン
コレクションとする、平野政吉美術館(秋田市)の設計者を調べ
直してみたところ、最終的に設計を行ったのは日建設計工務株
式会社(現日建設計)が行った模様。



しかし設計のすべてがそうだったかといえば、事実は曖昧、
当時、平野が藤田のもとを訪れ、世界最大級の絵画を展示する
空間について、幾度も相談を重ねてあの特徴的な屋根とハイ
サイドライトの建築が生まれるきっかけを作ったとも聞きます。



藤田自身晩年はフランスで小さな礼拝堂の設計と小壁画製作を行っ
ている事から想像するに、一人のアーティストとして己の絵画
が展示される空間へ何らかのアドバイスを行ったことは平野と藤
田の関係からも容易に想像できます。

当時を知る人の話では、平野自身この美術館を、東北で唯一の
フランスの理念のこもった建物として大変自慢していたそうです。
新物好きの芸術、美術の理解者が誇るこの建物は、数少ない
藤田嗣治の建築作品の一つといえるかもしれませんが、事実関
係を証明する文献等は現在残されていないようです。

しかし大富豪がパトロンとなり才能溢れる芸術家を育む、今の世
の中ではなかなか成立しないこの図式の象徴としての価値は認
められます。


ちなみに建築家芦原説?

...と言うか私が何かの本を読んで、又は口伝で思い込んでい
た事実にもちょっとした由来がありましたので紹介します。

芦原義信氏は秋田でいくつかの足跡を残しています。

1984年 秋田市主催のシンポジウム
       うるおいある地方都市の街づくりの推進
1983年 秋田平野ビル(建築作品)
1979年 建設秋田主催の講演
       楽しい美しい街並みを 建築設計の権威者

などの活動を氏は秋田で行っており、特に1983年に秋田平野
ビルの設計を行ったことで後に口伝で芦原説が生まれたもの
と考えます。

では全く芦原氏が関わっていないかと言うとそれはハテナ?

というのもなんとは藤田画伯は芦原氏の叔父さん。

しかし何らかの相談があったのか、無かったのか事実は不明。
平野政吉美術館でも平野氏本人から芦原氏の関与の事実は
うかがったことは無いとのお答えをいただきました。

芦原氏が秋田で残した足跡が1979〜1980年代で平野政吉美
術館竣工が1967年と開きがあることと、同時期のプロジェクト、
駒沢体育館との意匠の違いから想像しても、この建物との関係
は薄いものと思われますが、芦原氏にしても藤田画伯にしても
やはり巨匠、


「何処かで何かが繋がっている。」 と想像してみたくなる


これも二人が偉人である事の証明。


ではまた
Seeyouかわいい

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